小林清市 『中国博物学の世界』

所收「虎豹を食う怪樹の話」295頁(農山漁村文化協会ISBN:4540032275

中国哲学の基本は注釈学である。一冊の原書を前にしたとき、中国哲学の徒の作業はつぎのような手順で進められる。まず、複数の版本をつきあわせることによって文字の異同や脱字、脱文をチェックする。そして、引用文や引用句の出典を探す。つづいて、原書について書かれた注釈に目を通す。たとえば『詩経』のような古典であればおびただしい数の注釈が書かれているし、注釈の注釈書さらにその注釈書も存在する。したがって、原書に語られている思想性を汲み上げるのはもちろんのこと、注釈にこめられた時代性や思想性を問うのも「中国哲学」である、と私は理解している。注釈を読み、注釈の注釈を読み、注釈の注釈の注釈を読み……。こうして迷い込む訓詁学の深奥部。そこは限りなく暗い。十年ほど私はそこに棲息していた。そのうち、ごく身近なところにやや明るい世界があるのではないかと思うようになった。それが中国古代の本草学や博物学の世界だった。