[book]03年度ベスト1

カルロ・ギンズブルグ著/上村忠男訳 『歴史を逆なでに読む』みすず書房 ISBN:4622070642

 ありのままの事実が歴史書に語られているわけではない。あるのは、選び取られ、事実と解釈されたことがらだけ。大部分をしめるその他は、歴史家の選択によって、あるいは、紙の貴重性の下に、意図的に抹消されてしまう。過去の事象を蓄積した時間の総体を歴史と呼ぶことがゆるされるのであれば、そこに語られているのは、ほんの点にしか過ぎない。
 後世の歴史家の仕事は、いくつもの点を丹念にひろいあげ、そこに線を見出して仮説を構築し、その仮説を新たなる点で補うことにより、それが事実であることを重層的に論証してゆくという、その繰り返しでしかない。その際、もっとも必要な資質は、持続する意志などではない。事実を縦糸とし、論理を横糸とする言葉でつむがれたその彼方にある「なにか」へ飛躍する想像力そのものである。つまるところ、妄想する精神、飛躍する論理。
 本書は、稀有にしてその飛躍する力をもちえた著者の、その先にあるなにかを手に入れた時点から、そこに至りうるまでの過程を逆なでに見つめなおした、暴露本である。
 とはいえ、これまた一つの解釈でしかないこと、言うまでもない。